DataRobot で金融担当のデータサイエンティストをしていますオガワです。
日本でも緊急事態宣言が出されるなど、いよいよ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が拡大してきました。すでに海外では日本以上に一般生活に影響を与えており、これまでと全く違う生活習慣にならざるをえなくなった人も少なくありません。行動様式の変化はそのまま経済へ大きな影響を与え、米国においては第二次世界大戦以降最大の GDP のマイナス成長を予想しているケースもあります。経済影響は過去に類を見ないものになっており、日本でも今後のコロナの拡大によっては、海外で起きているような今まで以上に大きな影響が危惧されています。
本ブログでは、DataRobot の金融チームの調査・経験から COVID-19 が金融業界において与えている影響をまとめ、これまで AI を活用していた分野における影響、今の時期にこそチャレンジする価値のある AI 活用領域について紹介していきます。金融チームとして直接ウイルスと闘うテーマには手を出しづらいところがありますが、ウイルスとの戦いが去った先のための経済活動を維持するためにも、いま金融業界を担当するデータサイエンティストとして意識しなければならないことについて書かせていただきました。
金融業界における COVID-19 の影響
金融業界と一言にいっても様々な業種があり、それぞれが受けている影響は様々です。まずは全体に与えた影響としての
- 金融市場の不安定化
- インバウンド需要の停止
- 国内活動の変容
について記し、その後に業種独自の影響について焦点を当てて行きたいと思います。
業界全体への影響
全体への影響としてまずあげられるものとしては、市場全体の株安があります。COVID-19 の影響が出始めた段階で中国経済の影響がマーケットに反映され、その後に各国での感染が拡大するなか、3月18日には3年ぶりにダウが2万ドルを割りました。執筆時点の4月13日には2万3千ドル台に回復しましたが相変わらず乱高下しており、油断は許されない状態になっています。日本経済も例外でなく、日経平均も1年2ヶ月ぶりに 2万円を割り、一時1万7千円を割るほどの価格となりました。執筆時点の2020年4月13日時点で、1万9千円まで回復したものの COVID-19 の影響前の状態に戻るにはまだ遠い道のりがありそうです。
COVID-19 によって移動規制が世界中で引かれたことによってインバウンド需要が致命的なものとなりました。元々はオリンピックをピークにインバウンド需要がまだ拡大するものと思われていたところに、中国だけでなく、欧米諸国からのインバウンド需要もこのタイミングで止まるのは去年の段階では誰もが想定していなかったと思います。この影響をまず大きく受けたのは航空業界と旅行会社、様々な地方観光業です。航空業界では政府保証も含む大規模融資を必要とする状態になっていますし、地方の観光業を中心にも融資が必要なケースが増えています。
国内需要においても施設の休業や外出の自粛によって多くの小売業の売上にも影響しています。イベントや会食の自粛、オフィスへの出勤が減ったことなどからお金の落ちる場所が変わり、飲食業などでビジネス規模の縮小、倒産の影響が出始めています。緊急事態宣言が開けたとしても、その後も急激なイベント開催の需要が回復する見込みは弱く、より影響範囲は大きくなっていくことが予想されます。
また COVID-19 の性質から非接触事業に注目が集まっています。これまではインターネットバンクや電子マネーというのは手数料は安いですが、IT リテラシーが求められるとということで日本では海外に比べて普及率が高くなく、国としてもポイント事業として今年にかけて大きく普及を広める試作をしていました。ここに来て COVID-19 の影響から現金をなるべく使わない、人と接触しない購買需要があがっており、それらに欠かせない技術としての電子マネーの普及には追い風となっています。
各業界ごとの COVID-19 の影響
商業銀行・ネット銀行・地方銀行
すでに中小融資の申し込みが増えており、これまでの業務プロセスで処理し切れる量なのか、与信の計算方法をこのままで問題がないのか注意が必要です。緊急事態宣言の期間からも今年はゴールデンウィークも自粛の影響を大きく受けますが、地方の観光業にとっての掻き入れ時に収入が入ってこないことによって、観光業関連の倒産が増える可能性は無視できません。特に地場産業との関連性が高い地方銀行にとっては倒産が増えることによって債権の焦げ付きが発生してしまうリスクがあります。
また融資でなく、運用によって収益を得ていた銀行も国際的な株安によって大きな打撃を受けています。今の株式市場の乱高下での資産運用は従来広まったアルゴトレードでも難しいものがあり、これまでの運用システムの見直しも必要になっていくかと思います。
そして接触行動を避ける行動変異から窓口への問合せは減少傾向にあります。ただこちらに関しては COVID-19 前からメガバンクを中心に窓口業務を削減する動きは出ていたのでこのタイミングで対面中心の支店を多く持つ銀行はビジネスをシフトできるかが問われますし、ネット銀行にとっては新規口座獲得の更なるチャンスとなり得るタイミングです。
見直すべき AI テーマ
今取り掛かるべき AI テーマ
証券・ネット証券・仮想通貨
COVID-19によるマーケットの動きは激しく、売買は膨らんでいます。また、これまで日本経済においてはアベノミクス以降順調に株価が成長していた中での株安から、初心者にとっては今回の株安はチャンスであり、新規口座を開く人は増えています。
見直すべき AI テーマ
今取り掛かるべき AI テーマ
リース
航空機・オート・不動産リースの需要縮小で大きく事業に影響しています。金融業界の中でも最も早くに影響が顕在化しています。航空機の運行数が減少したこと、地方観光で利用されるオートリースの需要減少、外出自粛に伴う売上減少からのテナントの撤退による不動産リースの収益減少と多くの影響を受けています。あくまでウイルスによる移動減少が影響しており、潜在的な需要は大きく減っていない状態ですが、複数の収益源が影響を受けており苦境に立たされています。
ただ全国的なテレワークの需要が拡大したことから、テレワークの設備系のリースは需要が増えていくことが考えられます。COVID-19 の影響期間が不透明な中でのテレワーク設備とリースビジネスの相性のよさはあります。
見直すべき AI テーマ
今取り掛かるべき AI テーマ
クレジットカード・電子マネー
現金接触を減らせる手段として COVID-19 の影響は電子マネーの普及にとってはポジティブに働きます。国内での電子マネー普及のために、元々ポイント還元が今年の6月末まで予定されていましたが、COVID-19 の影響がどのように普及を後押しするかは注視が必要です。そしてこのような大きな情勢の変化が起きたタイミングでは、これまでと違う背景の不正が発生する可能性が高く、それらにいち早く対応することも重要な活動となります。
今後 COVID-19 の影響が個人の経済活動自体への影響が出始めてくるとカードローンの活用とまではビジネスにポジティブに働きますが、その後の貸倒れまで進んでしまうとネガティブな影響となりますので貸倒れモデルの実績のトラッキングは重要になります。
見直すべき AI テーマ
- 取引量予測
- 不正検知
- 貸倒れ予測
- 割賦増枠対象者予測
今取り掛かるべき AI テーマ
生命保険・損害保険
すでにアメリカなどでは残念ながら COVID-19 による死者数が2万人を超えており生命保険会社への影響が大きく出ています。日本においてもホテル・自宅療養に関しても入院扱いとなったため、生命保険の保険金支払いが今後も COVID-19 の感染者が増えていくと劇的に膨らむ可能性があります。そしてイベントや興行の中止による損害を損害保険の適用範囲に含めるかは海外でも議論となっています。海外では再保険への影響が多大に出ており、航空機、旅行、自動車、エネルギーに並ぶレベルの影響がすでに見られています。
また事業運用においてはコールセンターの人員を感染予防のため減らすなどの対策が行われており、より自動化された業務システムの確率が急がれている状態です。ロックダウンまで進んだ海外では自動車の移動も減り、自動車損害保険の解約を防ぐためにもペイバックを行う動きも見られています。COVID-19で加入保険を見直す人も増えることが予想され、それに対応したアクションが必要になってきます。
見直すべき AI テーマ
今取り掛かるべき AI テーマ
- 引き受け判断・処理の自動化
- 保険金請求判断・処理の自動化
主要テーマにおける COVID-19 の影響
ここまで各業界の影響とその影響から既存の AI テーマでの見直すべきもの、今のビジネス情勢だからこそ積極的に取り掛かるべきテーマについて紹介していきました。ここからは上記であげたテーマから主要な AI テーマを具体的に紹介していきます。
見直すべき AI 活用テーマ
倒産予測・貸倒予測
お金やモノを貸した後に返ってくるというのが金融におけるビジネスの基本になっています。その際に誰にいくらお金を貸し出すことができるかの判定は、貸し出すリスクによって計算されており、より精度の高いモデルを作れることによって、リスクを押さえながら貸し出し範囲を増やすことができるようになります。
これまでにも AI を活用した審査として企業の価値やローンリスクを従来の入力変数だけでなく、多くの行動データなどを含めることによって高精度に AI を活用してリスクを予測していました。COVID-19 の影響は多様な業界に影響を与えており、これまでの学習データを利用した AI モデルではリスクを過小評価する可能性が想像されます。
そしてよりサイクルを短くした場合のモデルも加味する必要があります。仮に今までの倒産予測が6ヶ月以内の倒産を予測するモデルだった場合に、今の情勢を加味したモデルの洗い替えまで6ヶ月が必要になります。より短期の2ヶ月以内、4ヶ月以内の倒産リスクも出すモデルを検討することによって今の急変化する情勢に対応させたリスクモデルを作成することができます。
取引量予測・トランザクション予測
手数料は金融ビジネスにおける大きな収益源の一つですし、Fintech カンパニーではトランザクション量に応じてインフラを動的に変化させることによってコストダウンを計っています。また預金額の予測はそのまま運用に回せる資金を限界まで増やすことに繋がるので金融ビジネスの収益において重要なテーマとなっています。
予測の粒度によって使用するデータは様々ですが、多くの場合には前週、前月、前年などのラグデータや1ヶ月移動平均、3ヶ月移動平均などの時系列特徴量を予測に使用しています。これらの特徴量は普段は精度向上に役立つ特徴量となりやすいですが、COVID-19 の影響で前年の取引量はほとんど誰の目にも役立たないことが想像できるように、AI モデルにおいてもこのような時系列特徴量は過去の学習データとの間で大きなトレンド変化があった際には見直す必要があります。
取引量・トランザクション予測において前年や数ヶ月前の情報を使っての予測は現時点の情勢が激しく変わる状態のモデリングとしてはお勧めしません。より本質的な特徴量として、どうして前年にそのような取引量となったのかなどのデータだけをモデルに活用する必要があります。
保険金予測
保険ビジネスにおいてはコストは販売時には確定しておらず、将来的に発生する病気や損傷の確率を予測することによって保有する契約のコストを想定しています。COVID-19 の影響による死亡者数は米国に比べて日本では多くないことから生命保険会社への影響は限定的ですが、ホテル・自宅療養も入院扱いとなったことから感染率がそのままコスト増大に繋がる可能性が出てきました。また普段の健康維持に対しての行動の変化から長期的に健康リスクへの影響は計り知れないものもあります。またイベントなどの中止による人の動きは減っているものの、公共交通機関の利用を嫌っての自動車の利用によって、従来と違う層による事故などが発生する可能性があり、損害保険においても想定とずれる可能性があります。
保険金はその発生まで期間があることから、すぐに再学習することが難しいですが、インシュランステックに注目される運動量や運転スコアを活用した保険商品のプライシングモデルは行動変容に伴いモデルの再考が必要になります。
今取り掛かるべき AI 活用テーマ
新規ユーザー向けターゲティング
人々の行動様式が大きく変わったことが影響して、これまで利用していなかった金融サービスに手を出す人は増えることが考えられます。特にこれまで IT リテラシーが障壁となっていた電子マネーの新規利用や参入タイミングを失っていた株の初心者が世界同時株安によって新規口座を開くは増加傾向にあります。
新規ユーザーを効率よく獲得するターゲティングテーマは将来的な収益拡大に大きく寄与し、金融顧客は一度捕まえると離れづらいため、チャンスが残っているうちにしっかりと取り掛かるべきテーマとなります。
審査・引受業務判断と処理の自動化
テレワーク導入によって通常業務の処理に回せる時間が逼迫していたり、中小融資、保険金支払いの問合せのように需要自体が大きく拡大しているものがあります。審査・引き受けにおけるプロセスは専門家によってデータを厳密に見ながら判定しているため、AI による自動化と相性のよいテーマとされています。
また新しい法令対応のように過去の学習データでは対応できないことも多い分野ですが、不正などの確率を予測できる AI モデルと必ず従わなければならないルールベースを組み合わせたディシジョンマネジメントシステム(DMS)を確立し、週次のレベルで AI モデルとルールベースをアップデートすることによって様々な自体に対応しながら一連の事務処理を自動化することができるようになります。
まとめ
私たちは各々の健康を守ることを最優先にしながらも、経済活動を止めないために今の時期に考えなければならないことが多々あります。金融システムの継続稼働を満たすために、通常の業務を少ない人員で回さないといけない状態になっているケースも少なくありません。多くの方の努力によって成り立っている今の日本経済を、COVID-19 の影響が過ぎ去った後に復活させるためにも今できる対応をしっかりと行っていくことが重要となっていきます。
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執筆者について
小川 幹雄
DataRobot Japan
VP, Japan Applied AI Experts
DataRobot Japan 3番目のメンバーとして参加。現在は、金融業界を担当するディレクター兼リードデータサイエンティストとして、金融機関のお客様での AI 導入支援から CoE 構築の支援を行いながら、イベント、大学機関、金融庁、経産省などでの講演を多数実施。初期はインフラからプロダクトマネジメント業、パートナリング業まで DataRobot のあらゆる業務を担当。前職はデータマネジメント系の外資ベンダーで分析ソリューション・ビッグデータ全般を担当。
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