今回、本原則の発表は金融業界にとって青天の霹靂では無いはずだ。元々モデルの管理を規定する SR 11-7 は米国で早くから導入されており、日本にもいずれ類似の業界ルールが規定されることは予見できた。それでも、本原則の正式発表は、今まで各社が企業単位で独自努力と理解の範囲で行って来たモデルリスク管理がとうとう、業界単位でのルール規定の下に、チェックされることを意味している。それは、モデルリスク管理が金融機関にとって最重要アジェンダである時代の到来を告げている。
DataRobot は米国で、SR 11-7 が登場した黎明期から、AI モデルガバナンスの支援を AI 活用をリードする金融機関に対して実施して来た。その経験は本原則への対応でも参考価値があると考えられる。
本原則を議論する上での論点は下記のように大まかに整理できる:
① 本原則の対象となる企業はどれか? ② 管理対象となるモデルはどこまでか? ③ 管理すべきリスクとは何か? ④ ガバナンス(管理体制・社内ルール)をどのように設計すべきか?
① 本原則対象は今後将来的に拡大する可能性は高い。 現状、G-SIBs、D-SIBs、FSB により選定された G-SIBs(本邦 G-SIBs を除く。)の本邦子会社であって、金融庁によるモデルの承認を受けている金融機関が対象となっているが、SR11-7 のトレンドを見ても、日本では今後対象範囲が拡大することは必至だ。 また、原則の対象外になっているからと言って、例えば現対象の子会社がモデルリスク管理をしていない訳ではない、子会社ごとに方向性の異なる管理アプローチが進むと、いざ対象範囲内に入った時に、親会社を含めたグループ全体の管理方針に齟齬が生まれてしまう。現時点から先取って、子会社をも検討の範囲内に含めることは長い目で見れば間違い無く多くのコストを節約することができる
② 本原則の発表により、管理すべき対象はより広義のものとなった。 恐らく、直近ではまずこれが各対象企業にとっての一番の頭痛であろう。本原則では、明確な線引きはされていないが、質疑応答などをも含めて読み解くならば、広義にモデルを解釈する方向性は確かだ。各業界/企業ごとの事情によるため、一概に論じることは難しいが、ガバナンス体制を検討する上でも影響は出てくる。 *本稿においては、より精緻な議論のため、広義のモデルの中でもあえて AI モデルに範囲を制限していきたい。AI は近年金融業界で業務利用が急拡大する一方で、運用管理について悩まれている企業がまだ大多数であり、議論の価値が高い領域と認識している。
③ AI モデルリスクは絶えず変化/進化しており、現状特定できていないリスクにも備える必要がある。 これは本原則というよりも、近年の AI モデルの進化とそれに伴う事件を見れば、AI モデルリスクというもの自体、まだ我々が把握しているのはほんのわずかであり、今後AIモデル活用が本格化するに連れて、どんどん新しいリスクも発生する。例えば、AI モデルのバイアスによる不公平性のリスクは、凡そ今まで予見が難しいリスクであった。そのような新しいリスクをいかに早くキャッチアップし、自社における対策を講じることができるのか、これもガバナンス体制に問われるポイントの一つとなりうる。
④ 構成においては、他のリスク管理と同様に、実効的なけん制を確保する基本的な枠組みとして、「3つの防衛線(3線モデル)」の概念の下で整理する。 この中で、「第1の防衛線(第1線)は、モデルを所管する又はモデルの開発・使用に直接関係する部門・個人で構成される(モデル・オーナー、モデル開発者、モデル使用者等)。」を想定と書かれているので、実際に AI モデルを構築するデータサイエンティストが含まれることになる。そして「第2の防衛線(第2線)は、第2線に対するけん制を通じてモデル・リスクを管理する部門・個人で構成され、モデル・リスク管理態勢の維持、規程等の遵守状況及びモデル・リスク全体に対する独立した立場からの監視、モデルの独立検証等の役割を担う。」を想定と書かれていることから普段業務においては、AI モデル構築は行わないながらも、監視や独立検証ができるレベルということで、第1線以上のデータサイエンススキルを求められることになる。最後に、「第3の防衛線(第3線)は、内部監査部門で構成され、金融機関のモデル・リスク管理態勢の全体的な有効性を評価する。」となることから、単純なデータサイエンススキルだけでなく、企業の AI 戦略を見据えることができる人材を必要とする。これらの構成を満たした上で、さらに理想とするガバナンス体制は、透明性、継続性、効率性の3つのキーポイントを実現できるものであるべきである。
AI モデルリスク管理のガバナンスにおける絶対的な正解はまだ無いが、米国の金融機関の先端的な取り組みを支援して来た DataRobot の経験から見えてきたキーポイントの中で、特に重要な3つのキーポイントがあると考えている。そして、DataRobot は下記の3つを満たすガバナンス体制の構築には、人にだけ依存するのではなく、ツールをも活用することを提言している。
DataRobot Japan 3番目のメンバーとして参加。現在は、金融業界を担当するディレクター兼リードデータサイエンティストとして、金融機関のお客様での AI 導入支援から CoE 構築の支援を行いながら、イベント、大学機関、金融庁、経産省などでの講演を多数実施。初期はインフラからプロダクトマネジメント業、パートナリング業まで DataRobot のあらゆる業務を担当。前職はデータマネジメント系の外資ベンダーで分析ソリューション・ビッグデータ全般を担当。
外資系コンサルティングファーム、日系 AI ベンチャー、外資系保険会社を経て、DataRobot 入社。新規事業・海外市場参入のテーマを中心に顧客企業の“新しい挑戦“を長年支援して来た。現在は金融業界顧客の、AI 活用という新しい挑戦を支援するための、AI戦略策定や組織立ち上げ、ガバナンス体制構築などを幅広く担当。